◎関東大地震と東海・東南海・南海大地震の歴史

関東大地震相模湾プレート境界(相模トラフ)を震源とする海溝型巨大地震のことで、200年〜300年周期で発生するとされる。大正に起きた関東大震災はこれである。

東海大地震は「伊豆半島西部の駿河湾」、東南海大地震は「三重県志摩半島沖」、南海大地震は「紀伊半島熊野灘沖から四国南方沖」といった駿河南海トラフをそれぞれ震源とし、100年から200年周期で発生する海溝型地震で、現在のところ東海大地震は150年以上発生しておらず、過去の傾向から連動型巨大地震の発生が危惧されている

○1700年以前の大地震 
1200年頃東海・東南海・南海連動大地震(推定) 
↓(約160年) 
1360年 東南海・(1年後に)南海連動大地震    M7.5〜8.0
     東海地震記録なし。
↓(約140年 ) 
1498年 東海・東南海・(南海)連動「明応地震」  M8.2〜8.4 
     ※南海地震は推定。
↓(約100年 ) 
1605年 東海・東南海・南海連動「慶長地震」    M7.9〜8.0(津波地震) 
↓(約100年) 
○1700年代初頭の地震
1703年 関東大地震「元禄関東地震/元禄大地震」  M8.1〜8.2 
     大正関東大震災と同じ海溝型地震とされる。
     震源は千葉県房総半島南端(北緯34.7度、東経139.8度)。
↓ 
1707年 東海・東南海・南海連動「宝永地震」    M8.4〜8.7(日本史上最大級)
     関東南西部・東海地方〜四国にかけてほぼ同時に大地震発生。
     東北地方太平洋沖地震が発生するまでは日本史上最大の地震とされていた。
     約100年ぶり。      
↓(49日後) 
1707年 富士山噴火「宝永大噴火」(歴史上最後の富士山噴火) 
     小型の爆裂火口などの兆候は1700年頃から確認。 
     (参考:富士山の噴火史
1800年代半ば・幕末の地震
1854年 東海・東南海・南海連動「安政地震」    M8.4 
     約150年ぶりに東海・東南海地震発生。32時間後、南海地震発生。 
     死者5,000人以上、余震が9年間続く。 
↓ 
1855年 南関東直下地震安政の大地震/安政江戸地震」  M6.9 
     死者4,000人以上。関東大地震とは区別される。
     震源断層は不明。相模トラフより北側が震源域と見られる。 
     M7クラスの南関東直下地震は70年〜80年周期説がある。 
○20世紀の地震
1923年 関東大地震「大正関東地震/関東大震災」  M7.9 
     死者14万人以上。 
     震源相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)。
     同類の海溝型地震とされる「元禄関東地震」から220年ぶり。 
    -----------------
1944年 東南海大地震               M7.9 
     伊豆から紀伊半島にかけて津波が到達、死者1,200人。 
     90年ぶりに発生。 
↓ 
1946年 南海大地震                M8.0 
     関東から九州にかけて津波が到達、死者1,300人。 

     東海大地震発生せず(現在、「安政地震」から150年以上経過)。 

地震の規模や被害状況は文献などによる推定。


東海大地震は30年以上前から起きると叫ばれ続けてきたが、2004年に前回の地震から150年が経過。観測システムなどの規模は日本最大で、唯一予知が可能な地震とも言われてる(ただし条件は限られる)。
南関東におけるM8クラスのプレート間海溝型地震は200年周期が事実だとするとまだまだ先の話となるわけだが、前回の「大正の関東大震災」ではM7.9で、さらにその前の「元禄関東地震」M8.2に比べるとパワーを使い果たしていないという指摘も一部である。
#1700年代初頭の「関東大地震⇒東海・東南海・南海連動大地震⇒富士山噴火」という最悪のシナリオだけは起こらないように祈りたい。



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